【写真】鳥海山頂上へ向けて飛行中。
【写真】西から見た鳥海山のピーク。頂上を囲うように外輪山がそそり立つ。
【写真】ブナの森。森林限界と森の境に車道・鳥海ブルーラインがはしる。
【写真】左から庄内平野、庄内砂丘、日本海。南を向いている。
鳥海山は2236mの山だ。一本目のフライトは山の風を知り、庄内空間を知ることにすると緩く構えていた。朝の地上の気温は2度。道に雪はないがウールの靴下をはき完璧な冬装備で身を固めた。
遊佐の十里塚海岸から飛び上がると思いのほか鳥海山は近かった。そして行くしか選択肢は無いことに気がついた。足下に広がる庄内砂丘はやっとその意味を教えてくれた。実は砂のある海辺が砂丘かと思っていたのだ。随分と狭い範囲を言っているのだなとの思いは間違いだった。庄内平野を砂から守るかのごとく砂丘に防風林が育ちグリーンベルトになっている。それ全体をさして庄内砂丘だというようだ。田んぼに水の入り始めた庄内平野、グリーンベルトの庄内砂丘、そして青い日本海。三つの色のもと鳥海山が鎮座していた。
鳥海山にむけ高度を上げると風が何層ものレイヤーになって鳥海山のもとを流れていることを知った。西の海から吹き付ける海風だけが2000m上空でも吹いているわけではなかった。
パラグライダーは風に弱い乗り物だ。秒速10m程の向かい風が吹くとパラは前に進まなくなる。一方、10mの風を背負うとパラの進む速度は2倍速になり時速80キロ程度のスピードが出る。だから山に向かうにもベースに帰るときの風を計算しながら飛ばないとエライ目にある。エライ目とは向かい風でパラが前に進まなくなり、燃料切れで山へ不時着することだ。
標高1000mのあたりには葉を落としたブナの森が広がっていた。雪は汚れて見えた。雪解けが始まり表土が雪を汚しているのかと思ったら、芽鱗(がりん)というブナの茶色い冬芽が地表に落ち雪を茶色に染めていることが分かった。春をつげる根開も始まっていた。根開とはブナの木の根元の雪が溶け始めて地表が見えることをいう。溶けた跡は丸い雪の輪になる。さらに高度を上げると森林限界を超え荒涼としたコケと岩の世界が広がった。雪の合間から見え隠れする地表の変化に目をやっているといつの間にかパラは高度2300mを超え、鳥海山のピークと肩を並べていた。こうなったら鳥海山のピークへ行くしかないだろう。
心を決めて鳥海山の頂上に向かった。初めて見る頂上の景観に僕は圧倒されていた。ピークは一つなのだが、その周囲を鋭角の外輪山が弧を描いていた。どこまで風にのり撮ることができるだろうか。前に進むのは容易だが、戻りは困難なことは分かっていた。追い風を背負い一発勝負でピークに迫ったがやはり気持ちに余裕がなく、パラのコントロールに必死で撮れていない。一度頂上を離れ再チャレンジにむけ元の位置に戻ろうとしたが、まったくパラが進まなくなっていた。GPSが表示するスピードは時速0キロ。ときに2キロ。完璧なホバーリング状態。泣きそうだった。でも、もう一度頂上に迫りたかった。少しパラの進行方向を変えるとスピードは僅かだがあがった。時速8キロ。まったく話にならないスピードだが救われた思いだった。もう一度頂上に迫る意味はあるのかと自問していた。高度を落としたり、使える技術を投入しジリジリとパラを進め、再びアタックポジションまで戻ることができた。30分を消費していた。もう一度アタックすることは容易だが、再びもどることに30分を要し、そこからさらにベースまで飛んでいかなくてはならない。全くもって風次第だが、燃料はギリギリ足りるとみた。勝算はあると踏んで二度目にトライした。二度目のアタックはフライトラインは良かった。しかし最後の最後に映像にノイズが入っていた(着陸後に分かった)。パンダウン(録画中のカメラを下に傾ける)をする際にカメラを余計に揺らしてしまったようだ。原因は極度の寒さと気持ちに余裕が無かったとみた。
退却行にはいった。まともに風と闘うことをやめ、パラがすこしでも前に進む方向を探し鳥海山からジリジリと脱出した。時間にして1時間、頂上付近に張り付いていたことになる。追い風に乗って山の後ろを抜けてくればいいのでは、と思うかもしれない。実はそんなにうまく事は運ばないのだ。山の後ろに入ったらそこは乱流の渦でパラは麓まで落とされ、別の問題が発生してしまうのだ。
それでもなんとか鳥海山を脱出し、ベースへと帰還できた。2時間31分、なんとまぁなフライトだった。鳥海山のピークから抜け出るのに精一杯で、他を撮ることが全くできなかった。他とはブナの森や裾野に広がる湿原だった。いずれにしても、今日は鳥海山のピークにたどり着き、抜け出すことができたことを良しとしたい。
鳥海山の空間は見た。山形の春を知った。もう一度飛び、今日たどり着けなかった空間を飛んでいきたい。
Have a nice day !!!
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